INDEX
1989年
・激走のサーキット F1篇 1989年12月1日発刊
1990年
・ミレミリアが復活する時 1990年10月1日発刊
1992年
・国産コンプリートカー、F1挑戦 1992年9月1日発刊
・インターTECストーリー 1992年10月1日発刊
1993年
・快走N1ストーリー 1993年4月1日発刊
1994年
・国産F1マシーン、大変身 1994年7月1日発刊
・GTレース優勝大作戦 1994年9月1日発刊
1995年
・サーキットを疾走れ!! 1995年10月1日発刊
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*激走のサーキット-F1編-
1990年10月1日発刊
ミレミリアが復活する時
□ 私は安全を追求するあまりに、何も楽しみもない窮屈な生活を送りたくありません。
□ 仕事が困難であればあるほど、彼らは情熱を燃やした。
□ どんな規制を厳しくしても、エントラントの良識ある行動に訴える方が、ずっと効果的である。
1992年9月1日発刊
国産コンプリートカー、F1挑戦!
□ 総監督が神経質になっていたのでは、ドライバーはもとより、メカニックたちにも最高のコンディションで仕事をすることができない。
□ 自分の存在を売り込むことが、国際社会においては必要であった。
□ わずかなことの積み重ねが、塵も積もれば山となるで、最終的な評価に結びつくのである。
□ ドライバーは速ければそれでよいのではなく、ジャーナリストに自分の存在をアピールし、TVのインタビューに答えることも、ドライバーにとって必要な才能なのである。
1992年10月1日発刊
インターTECストーリー
□ スポンサーがついてくれたからといって、無駄遣いはできなかった。できる限り安い費用であげて、投資効果をよくすることが、スポンサーシップを長続きさせる。
□ マシーンをいっそう洗練させる手伝いをしたい、ニスモの二人は考えていた。それがニスモの陣営を強化することでもあった。
□ 仕上がりの具合でクルマの性能が分かるんだな、プロってのは
□ 自分でできることは自分でやらなけりゃ
1993年4月1日発刊
快走! N1ストーリー
□ でも、ダメ元でいいんでいきましょう。ムダになっても声をかけておく電話料の損、と割り切ればいいんす。
□ サーキットを速く走るのは、理論だけでもできないし、反射神経だけでもできない。予測が必要なのである。
□ 一番の問題点は、ラップタイムではなくて、タイヤとブレーキパッドの交換をどれだけ延ばせるかなんです。
□ マシーンをいたわって走るものが、最後に笑う。
1994年7月1日発刊
国産F1マシーン、大変身!
□ 機械は故障するという認識にたって、チーフメカニックの石野は準備していた。
□ できるだけたくさんのデータを提供することが、ドライバーとしての責務である。
□ 宇井野は、レースでの成績について、野辺山がまったく触れずに、安全性だけを問題にしていることに、心から感謝した。
□ 私も去年までのようなギスギスした世界で、ジャーナリストの仕事をするよりも、楽しい仲間たちを取材する方が楽しいですもの。
1994年9月1日発刊
GTレース優勝大作戦
□ シロウトから見ると、腕の悪い奴の方が、芸術家的に見えるんだ。
□ シロウトさんは、シャッターを押すところしか見えないが、カメラマンの仕事はシャッター以前の準備が基礎になっているんだ。メカニックも同じだぞ。
□ 人生、楽しくなくてはいかんです。
□ レースは楽しく走ること。ファンに楽しんでもらうこと
1995年10月1日発刊
サーキットを疾走れ!!
□ おまえさんはサーキットを走るまえに、レース走行の本を読んでいるから安心だが、全くのシロウトさんと一緒に走るのだから、そういう意味で危険が伴う。
□ クルマに無理をかけないこと。故障と事故は自分もちだからな
□ ともすれば自分の雰囲気に酔ってしまい、ムチャな走りをしそうになる自分を押さえながら走っていた。
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